7: ヨンサントオと伯備線
新幹線接続路線導入派 VS 在来線の幹線導入派 3
国鉄では591系の成功を受け、非電化路線の振り子式列車の開発を進めていました。
その内容は、動力に用いたのがディーゼルエンジンではなく、航空機に用いられるガスタービンで駆動させるという今までにはない発想の車両で、591系と同様に振子式台車を採用し、線路等級が3級線(乙線)で曲線半径が400m以下の路線であっても曲線制限速度のアップが見込めるというものでした。形式名には591系と同じくキハ389と営業用車両に準拠した形式名が与えられた異例の試験車両です。
国鉄では新幹線のフィーダー特急第二弾として、伯備線の特急やくもに振子式ガスタービン車両の量産車を投入し、目玉商品にしたいと考えていました。
1972年大宮工場でキハ391が試作車として完成し、大宮工場内での走行試験を経て、川越線・田沢湖線・奥羽本線など伯備線だけではなく、幅広い路線での走行試験が行われました。
試作時当初は、いくつかのトラブルに遭遇したものの、年内で解決し、いよいよ、伯備線での通し運転(岡山ー米子)が実施。
その結果、キハ181「やくも」の所要時間を40分も短縮する評定速度78.8km/hをマークしました。
実はこの評定速度はその後の381系スーパーやくもと同じで、伯備線内でのこの評定速度は現在でも最速を記録しています。振り子式台車とガスタービンエンジンを採用した、キハ391の完成度の高さがうかがえます。

しかし、1970年から始まったオイルショックをきっかけに、キハ391は量産化されることはありませんでした。
その結果、キハ181は1982年7月に381系にバトンタッチするまでの10年間を、フィーダー特急としては力不足でありながらも陰陽連絡特急の役目を守り通しました。
なお、キハ181の「やくも」のその編成は、食堂車を含む11両編成という国鉄時代の特急にふさわしく、まさに威風堂々としたものでした。
つづく
