新381系誕生秘話~その3~

2:山陽新幹線岡山延伸と伯備線

しかし、複線化といっても単純にもう一本線路を引けばいいというわけではなく、本線とは別に通過待ちの列車用の待避線が必要になります。なお、当時の伯備線は石灰石輸送などの長編成の貨物列車もあるため、かなり長目の待避線が必要になるなど、駅構内の改修というより駅全体での造り直しが必要になりました。
その結果、1972年3月の新幹線岡山開業時での伯備線の複線化は、清音ー備中広瀬間のみに留まることになってしまいました。

また、その先の備中高梁ー米子間の中国山地越えの区間は想像以上に急勾配急カーブが連続する区間であったため、試験的に投入したキハ181「おき」の伯備線内の評定速度は60km/hにも満たない結果となり、新幹線の速達性を生かすべきフィーダー特急としては満足できる結果ではありませんでした。

つづく

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