伯備線の軌道強化
1973年、国鉄初のガスタービン車、キハ391系によるフィーダー特急「やくも」の計画は中止になりました。
しかし国鉄では間髪を入れず、同年、中央西線に投入され、振り子列車としてフィーダー特急としての実績をあげていた381系「しなの」を、伯備線で「やくも」として投入することを決定しました。
既にその前年にはキハ181「やくも」がフィーダー特急としての役目についていましたが、伯備線の軌道強化が予定よりもかなり遅れていました。
7割が単線の伯備線では、単にレールと枕木を取り換えるだけといった軌道強化工事では済みません。
川沿いを大きく迂回している区間では短絡バイパス化を。急峻な勾配区間上には、列車交換に必要な信号所を建設したり、駅構内の交換側線を追加する工事なども含めた軌道強化工事が必要になります。
伯備線の軌道強化は、このような山岳線特有の環境によって難航し、遅れることになりました。

結局、あくまでも非電化としての伯備線の軌道強化工事が完了したのが1977年。
当初の計画では1972年の山陽新幹線の岡山開業でしたが、実に5年も遅延してしまうことになったわけです。
つづく
