381系「やくも」デビュー前の1年3か月前に謎の入線
1981年3月、電化工事が今だ完了していない伯備線にDD51に牽引されて米子に向かう381系の姿がありました。
その目的は、1982年7月にデビューする「やくも」の乗務員訓練と走行試験でしたが、「やくも」のデビューまで1年3か月もあることを考えると早すぎる入線です。実はこの1年3か月という長すぎる準備日数は、1977年に開始された伯備線の電化工事と再軌道強化に大きく関わってくるのです。
伯備線の電化工事と再軌道強化は、中央西線の振り子軌道データを基に行われました。しかし、伯備線の備中高梁ー根雨間は中国山地越えの区間に当たり、急勾配のうえS字急カーブが連続する、まさに伯備線最大の難所の区間です。
伯備線の現場の路線環境を知る技術者は、この区間に中央西線の振り子軌道データは当て嵌まらないと捉えていました。実際にこの区間での走行試験で、中央西線の振り子軌道データでは架線の張り具合やカント角の設定値の違いから集電性が安定しないなどいった結果が出たようです。
その結果、この区間の同一の箇所で何度もカント角や架線の張り具合を修正するといったような工事内容もあったそうです。
要はこの区間の振り子軌道工事は一筋縄ではいかないことを、伯備線の現場の路線環境を知る技術者は予測し、あえて1年3か月という準備日数を設けていたわけです。

つづく
