381系誕生秘話~part13~

伯備線高速化計画 その5

1973年、名古屋ー長野を結ぶ新幹線接続特急としての381系「しなの」の誕生は、それまで国鉄内部を二分していた振り子システムを採用した車両の導入に対し、新幹線接続路線導入派と在来線の幹線導入派との戦いに終止符をもたらす結果になりました。

あくまでも筆者の勝手な推測ですが、591系を量産化することで「ひばり」をはじめとする在来線特急の所要時間を、ヨナサントウ時よりも更に短縮出る目途が立ち、振り子システムを採用した車両の導入は在来線の幹線導入派に大きく傾いていたのではないでしょうか。

そこで新幹線接続路線導入派は、名古屋ー長野の新幹線連絡特急キハ181系「しなの」の所要時間短縮に対して591系の振り子システムに着目し、在来線の幹線導入派にバレないように?水面下で、あくまでも名古屋ー長野間の路線環境にはオーバースペックの591系の部分をそぎ落とした設計で、381系「しなの」を誕生させたのではないでしょうか。
通常、このような場合、量産車両の前に試作車を造り、様々な試験走行をするのですが、最初から量産車両として登場させたのには、こんな駆け引きがあったのでは………。

さて、振り子式ガスタービン391系の量産化が無くなった当時の伯備線ですが、ある程度の軌道強化を施したのちに新幹線連絡特急としてキハ181系「やくも」を4往復を投入していました。しかし単線区間がまだ多かったことからそれが足かせになり、新幹線連絡特急としての所要時間にしても本数にしても決して合格点が与えられるものではありませんでした。
そこで381系「しなの」の成功を踏まえ、伯備線を複線電化し381系を投入させる案に切りかわります。

ただし、振り子式の381系に合わせた電化はそう簡単なものではなく、例えば、キハ181系に見合ったカントの角度と381系に合ったカントの角度が大きく異なるなどといった、軌道の再強化からやり直す必要があります。
また、備中高梁ー江尾間は(84.1km)急勾配とR200のカーブが連続するため、この区間においてのカントに応じた微妙な架線の角度設定など、かなり難しい工事内容に成り得ます。このため、1973年から複線化と再軌道強化に5年。1977年から5年かけて電化工事と、381系投入には10年もの時間が掛かってしまいました。
その間、キハ181系「やくも」の所要時間を20分~30分遅らせたダイヤを用いざるを得なかった事からも如何に難工事だったのかを物語っています。

さて、10年後の1982年7月「しなの」とは異なる貫通扉のない風貌の100番台381系「やくも」が8往復でやっと登場します。岡山ー出雲市を従来の約3時間30分前後から、約3時間15分と所要時間を15分短縮しましたが、新幹線連絡特急としてはこの短縮時間は決して満足できるものではありませんでした。

381系「やくも」

つづく

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