381系誕生秘話~part12~

伯備線高速化計画~その4~

東海道新幹線開業から7年後の1971年、名古屋と長野を結ぶ新幹線との連絡特急「しなの」は、1日3往復しかない為、その輸送力不足が問題になっていました。また、名古屋ー長野の所要時間が3時間58分と新幹線のフィーダー特急にはふさわしくない速達性も不安の要素でした。

そこで試験走行で好結果だった591系のオーバースペックな部分を見直し、あくまでも山岳直流路線に絞った新車両である381系が誕生しました。

この381系の製造には、ほぼ1年足らずで1973年7月のダイヤに合わせるべく9両6編成が揃いましたが、これは試作を作らなかった事に拠ることから実現できたもので、原型となった591系の完成度の高さがうかがえます。

キハ181「しなの」

さて、381系の「しなの」ですが、キハ181「しなの」の名古屋ー長野間の所要時間を40分も短縮させました。表定速度に直してみると、キハ181「しなの」の63km/hに対して381系の「しなの」は76.5km/h。その差は13.5km/hと、一見それほど高いと感じない表定速度差ではあるものの、実際の時間差は40分と、実に大きな時間短縮の差を生み出しているのです。

実はこの表定速度の差は、最高運転速度で時間短縮するという151系「こだま」などで確立してきた従来の考えではありません。軌道に負担をかけずにカーブやポイントでの速度を極端に落とさずに所要時間を短縮させる車両へと舵を切る、そのきっかけになったのが381系なのです。

381系「しなの」

現に151系や485系の設計最高速度が160km/hなのに対し、381系では、歯車比の加減速の高さを意識した急行形電車と同じ4.21に設定したため、設計最高速度は設けず、あくまでも運転最高速度として120km/hと留めています。

つづく

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