14系寝台特急いなば&紀伊~製作情報3~

今回のブログは以前のブログでお伝えしたように制作室長老による「14系寝台特急いなば・紀伊と秘密の撮影場所」というトピックスを中心にお届けします。

「14系寝台特急と秘密の撮影場所」

これからご紹介するお話は10系寝台急行「銀河・紀伊」が14系寝台特急「いなば・紀伊」に格上げされた1975年のお話。
このお話に出てくる秘密の撮影場所、横須賀線の東戸塚駅はまだ存在しておらず、横須賀線は東海道本線と共用路線でした。そして横須賀線・東海道本線の113系通勤電車の冷房化も、途中駅で増結される4両だけが冷房車で、基本編成の11両はほとんどが非冷房でした。
また、早朝の東北本線の上野口では、出発を待つEF57牽引の旧型客車の普通列車が並んでいるなど、国鉄時代の風情が色濃く残っていた時代のことです。

さて、14系寝台特急「いなば・紀伊」ですが、当時の東京口のブルートレインは基本的に、牽引機はすべて東京区のEF65に統一されていました。そんな中、「いなば・紀伊」の牽引機だけが浜松区のEF58だったのです。
浜松区といえば、かつてのお召し機EF58。当時の私は他のブルートレインには目もくれず、EF5860が牽引する「いなば・紀伊」の撮影だけに没頭していました。
鉄路の歴史を築いてきたEF58。その歴史を表すように60号機の光り輝くステンレスの車体の帯。そんなEF5860が牽引する「いなば・紀伊」にふさわしい風景の場所が私だけの秘密の撮影場所だったのです。


実はこの場所は現在の東戸塚駅のそばで、保土谷方向に少し歩くと牧場があり、あまり広くはないものの乳牛を放牧していました。この時代でも東京近郊でありながら、このような牧歌的な風景は珍しかったものです。さらにその先には現役では日本最古の鉄道トンネルである清水谷戸トンネルに至り、レンガ造りのトンネルポータルが今も鉄路の歴史を伝えています。

夏の早朝5時45分ごろ、幸運にも放牧場に牛が放牧されています。遠くからはEF58特有のホイッスルが。カメラのファインダーの中で、やがて放牧場の横を「いなば・紀伊」を牽引する60号機が朝陽に輝くステンレスの帯を光らせながら清水谷戸トンネルに入っていきました。

実はこの場所、ロケーションに恵まれているにもかかわらず、昼間でもカメラマンを見かけることがありませんでした。理由としては当時、この場所への交通のアクセスが悪く、主要幹線道路からもかなり離れた場所にあったためだと思われます。
もっとも私の場合、この場所での撮影時に人は入れたくなかったため、私にとっては秘密の撮影場所だったわけです。
ちなみに、現在ではあの頃の風景は都市化され、放牧場も残っていません。

上記のジオラマの写真は当時の風景をイメージしたもの。忠実に再現したものではありません。

今回14系寝台特急「いなば」と「紀伊」の製作にあたっては、昨年発売したメイクアップシール「夜行鈍行はやたま」、「夜行鈍行山陰+スユニ50」リリース以降、当制作室の長老のように、昔に活躍した懐かしの列車に思い出があり、思い入れのある列車を再現したいというご意見を思いの外多くいただいたことがきっかけでした。過去の記憶と思い出を呼び起こす、往年の思い出の列車の再現をどうぞお楽しみください。

最後までご覧いただき、ありがとうございました。

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